教育支援員の備忘録

生徒主体の学校づくり

イラストの価値

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©️さとう七味

 

卒業後はデザインの領域で活躍したいと望む高校生たちに、どんなアドバイスが必要かと模索していたところである。相変わらず、大学は受験勉強の延長であって仕事に直結する知識は学べないとする意識が強い。しかも、「専門学校の方が、やりたい仕事に必要な知識を身につけられる。」と、SNSで身近な存在となっている「インフルエンサー」への憧れは、学習喚起意欲の低下に拍車をかけている。

 

しかし、デザイナーといっても、職域によってはインテリアの空間演出、インスタレーションのプログラム、地域活性化の複合コミュニティ、Google検索の分析検討など、問題解決の手法としての構造化のスキルが求められるものである。現にその職業についている方に話を聞かなければ、直接の仕事の中身は見えてこない。PowerPointの使い方をマスターしていても、プレゼンテーションの目的を理解していなければ意味がないということである。

 

リテラシー(応用力)の次は「レリバンス(関連性)」というカタカナ英語が出てきた。学んだ知識が日常生活に反映されなければ、将来それを活かして仕事をするイメージなど導き出されるはずはない。関連性がないのだから、受験勉強や指定校推薦の為の成績以外に目的意識を見出せるはずがない。「早く卒業したい。」と、学校生活は拘束時間の扱いである。

 

アメリカで始まったシンク・タンク(諸専門の融合)は、異なる専門家達の雑談の中から新たな発見・発明が生まれたという雑学的思考の事例である。国内では三菱UFJフィナンシャルや大和証券といった金融関係の研究機関の意味合いが強いので、自由討論を通じて相互理解を深める「ワールド・カフェ」や、ニューヨーク近代美術館で行われている「対話型鑑賞法」をイメージしていただきたい。

 

「一燈照隅」という仏教用語がある。一つ一つが隅を照らしていくとあまねく照らせるという意味である。一方向に向いて専門化するということは狭い範囲しか照らせないという意味にもなる。もう一つの例えとして、桃太郎は犬、猿、キジと非常に特色のあるメンバーとともに、所謂システム論で効率の良い組織体をつくり、それぞれが特色を十分に発揮しながら目的を達成してゆく。しかし、そのようにメンバー構成ができていても、何が多くの人を惹きつけるモチーフとなるかのイメージがなければ個性はマンネリ化しモチベーションも低下してしまう。

 

「溶融の原則」という自動制御装置の研究がある。水と油といった異質のものが混じり合い溶け合うにはどのような原理・原則が働くのか。これがわかると社会の諸々の現象にも応用できるらしい。作業の手順を細分化して専門化するのではなく、分担した結果いかに有効に機能するのかを検証しようとするものである。

 

話を転じる。

 

縁あって、イラストレーター・漫画家のさとう七味さんに、ブログのアイコンとバナー画像を制作していただいた。

 

 

構図や色味に記憶の追体験といった共感覚を覚える七味さんの作風に惹かれたわけであるが、気に掛かることが一つ。既成の作品を購入するのではなく、写真をイラスト化するのでもなく、ゼロベースから制作する想定画である。以前観た在宅ワーカーを紹介するTV番組では、依頼数を増やせないことからイラスト制作だけでは収入が足りず困っていると言っていた。制作にかかる労力や時間は私が提示した制作費の範囲内に収まるであろうか。

 

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©️さとう七味

 

著作権法2条1項1号では、「思想はまた感情を創作的に表現したもの」という定義づけがあり、データーベース媒体の「表や図」も小説など文字媒体の「挿絵」も同位の扱いである。いくらクオリティが高くても、そもそも制作者の思想や感情を表現する為のものではなく、文字や数字の羅列を一瞥してそれとわかるように視覚的に補完する為のものであるから、著作権法で保護される創作物に該当しない。イラストとはメディア素材の一部分であって、それ単体で創作物にはなり得ない。有名な美術作品であっても、広告の材料に使われるのであればイラストの扱いになる。イラストの価値は一次創作物の商業的価値に応じて配分される類のものである。

 

但し、アニメ化や映画化などを目的とするライトノベルの挿絵は、原著作物から派生した二次的著作物でもある。イラストの価値は現著作物を支える人気度という分母の大きさに比例し、クオリティに応じて商業的価値が付与される。著作権法や原著作物の範囲であったり、流行という不確定要素に影響される商業分野から「イラストの価値」そのものを図るには十分条件とは言えないが、想定画であろうと、レタリングであろうとアイコンであろうと、イラストの制作活動は「見る客体」が存在する社会的相互行為である。

 

社会的とは、人間が複数いる状態のことであり、相互とは、複数の人間の間で互いに働きかけるということである。ここにいう行為とは、相手に影響を与えることを意図して働きかけたり、相手の働きかけの内容に影響を受けて行為を返すという選択的活動のことである。相手がどのような反応をするかを予想し、相手の反応が自分にとっても好ましい結果となるように状況に応じて適切な行為をするには、互いに共有していなければならない認識や了解事項がある。

 

日常生活での対人関係は、お互いに本音を言ったり詮索することなく表面的にその場をやり過ごせばいいという付き合いである。その為のSNSのチャットやLINEに必要なスマートフォンは生活必需品で手放せなくなっている。生活空間から煩わしい人間関係を排除しようとする心性は、情報に接近する為の読み取る能力といった言語活動の範囲を狭めるだけでなく、他者からの刺激に無反応となる。そのような者が、周囲に関心を持って他者との相互行為の機会を増やし、より良い社会を築いていこうとするだろうか。

 

そもそも美術の専門家ではない私は「イメージを発想・構想する能力」も「イメージを視覚化する技術」も乏しい。それ故、①テーマやモチーフは制作者が決める。②依頼者は制作には一切口を出さない。③仕上がりは制作者の判断に委ねると、ほぼ丸投げである。相互行為というよりは「非常にめんどくさい」一方的な期待である。よく引き受けてもらえたものだと我ながら呆れる。

 

七味さんのポートフォリオから、小学校と保育園に「いのちの授業」の教材として複数の作品を寄贈させていただいた。小学校では「いのち」に対する自身の内面からの感情や思考を味わうことができるように、校長室前の静かな場所に掲示してもらった。保育園では見たいときに取り出してイメージを楽しんだり、ブックトークに使えるように絵本に加工している。

 

下記は教育委員会に宛てた文章である。

 

 

         「いのちの授業」想定画寄贈に関して

 

標記について、口頭でお伝えしたところではありますが、詳細についてご連絡致します。

 

1 立案の基礎

(1)小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編 第1章総説 「道徳教育においては、人間尊重の精神と生命に対する 畏敬の念を前提に、人が互いに尊重し協働して社会を形作っていく上で共通に求められるルールやマナーを学び、規範意識などを育むとともに、人としてよりよく生きる上で大切なものとは何か、自分はどのように生きるべきかなどについて、時には悩み、葛藤しつつ、考えを深め、自らの生き方を育んでいくことが求められる。」

(2)かながわ「いのちの授業」ハンドブック 「将来の、ともに生きる社会の担い手となる子どもたちに「あたたかい心」や「すべての人の命を大切にする心」を育むためには、「いのちの授業」の更なる推進に加え、家庭や地域において対話や体験を通じ、子どもたち一人ひとりに『いのち』について考えてもらう経験が必要です。」 

2 立案の趣旨

第1章総説 1改定の経緯「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」とあるように、イラストを鑑賞して自分が抱くイメージや自分なりの価値意識を持って言語化して児童同士で伝えあったりする経験ができる課題として教材化したものです。複数の視点で作品を味わえるだけでなく、自己の発言の重要性や責任に気づき、他者理解や教科への関心・意欲の高まりが期待できると考えます。また、テーマや多様な心情に目を向かせ、他者の意見を聞きながら自分の考えを整理し表現する力としてのコミュニケーション能力の向上も期待できると考えます。

3 掲示するイラスト

現代の児童たちに馴染み深いイラスト調で仕上げ、見えるものを手掛かりとして、児童たちの日常生活での雑多な体験とリンクして思考を組み立てていける作品を選んでいます。また、落下時の負傷防止策として、段ボール素材軽量額とアクリル板で額装しています。

                  (別添 「イラスト」「作家様紹介」を参照)

4 留意事項

当該活動は、児童が主体となり活動を活性化していく事が望まれるので、規律指導に関するものを除き自由な発想を制限せず、自分が納得できる何かを表現できる環境や集団の中にあっても自分の考えを信じる事ができる環境下での運用が望ましい。

                                     以上

 

また、コメダ珈琲さんの協力を得て店舗に展示していただいた。ここは新たにショッピングモールが開かれ、従来からある公団住宅を若い世帯向けに大改装した区画である。たまたま、ショッピングモールに隣接するサービス付き高齢者住宅で働く女性介護士の娘さんから手作りの刺繍をもらったことがきっかけであったが、「優しい気持ちになれる地域コミュニティづくり」のイメージとして、七味さんの作風がぴったりであるとの考えである。

 

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©️さとう七味 コメダ珈琲湘南辻堂店

 

七味さんはマンガも描かれている。どちらが本業という区別ではなく、いずれも言語活動の領域をイラストという視覚的なフィルターを通して表現する取り組みである。彼女のイラストでは「色」による心理描写や深層心理を探る試みがなされているが、マンガではグレイッシュトーン調で「静と動」の技法が用いられている。これについては彼女のオリジナル表現であるから詳しい言及は避けるが、強いて言えば時の流れを過去と切り捨てるか、それを美しいと感じるかという「侘び寂び」の精神でもある。

 

日本の伝統工芸品「用の美(用即美)」の関係から考察する。

 

伝統工芸品は日常の生活に用いる日用品であると同時に、目で楽しむ、使って楽しむ身近な美術品という一面もある。一見何の変哲もないその道具が何とも使いやすいとすれば、それはその道具をつくった職人が使う人の立場に立って工夫しているからに違いない。反対に、見た目の良さに魅かれて購入したものの、使ってみると勝手が悪く使いづらいもの、或いは飽きが来てしまうものなどは、使う人の立場にまで職人の想像力が及んでないことを物語っている。

 

学校教育に於いては、表現(制作)活動と鑑賞活動とがそれぞれ分離することなく一体化した授業の必要が提言されている。例えば美術科学習指導要領の「教科の目標」では、創作活動を通じてイメージを具体化していく探究心、思い描いたことを形にする創造力、どうしたらより良いものになるかと試行錯誤するプロセス、作品が仕上がった時の達成感を体験させるなどして、自分の人生を自分でクリエイトする能力の伸長を図ることが期待できるとする。また、美しいものや良いものを自分の基準で選べる価値意識や、優れたデザインを自分の目と心で確かめその価値を判断していく美的判断力を育て、自分の美意識を働かせて優れたデザインを選び生活に取り入れ、生涯にわたり心豊かな生活を営む感覚や態度を身に付けさせることが強く望まれるとしている。

 

先祖の形見を大事にしていると、その人たちの愛情が自分を守ってくれているように感じる時がある。過去を振り返らない、古いものは手放すという態度が、題名すら覚えていない読み捨てられたベストセラー本である。読み返したい心に残る一節、好きな音楽や風景の記憶、自慢するためではなく楽しむための趣味には人間味があり、それを視覚化して循環させることができるのがクリエーターの技である。

 

話を転じる。

 

SNSのハウツーブログではストックフォトサイトの著作権フリー素材が多用されている。印刷して額装でもしなければイラストは素材のままである。100均感覚で使い捨てのLINEスタンプとは異なり、大勢に継続的に利用されるものでもない。それならばIllustratorPhotoshopで制作するよりも水彩画や油絵の方が値段がつく。

 

個人サイトでもイラストのダウンロード販売は見かけない。掲示されているのは作者の自己紹介としてのポートフォリオである。いくらコピーライトを付けていようと加工して転用されるケースは後を絶たない。コピーガードのスクリプトを組み込んだり背景化していてもスクリーンショットで画像化されるだけである。インターネットで世界中と繋がる時代であるにも関わらず、イラストのダウンロード販売は難しいのか。だが、海外のハンドメイドサイトを見て驚いた。イラストを素材として扱うのではなく、ダウンロードして個人で鑑賞するアート作品として高額で販売されている。

 

ヨーロッパの観光地は言わずもがな、旅行をすれば誰もが感じる感覚。伝統、文化、風習に限らずアート作品は日常に溶け込んで存在し、その国や時代に生きた人々の美意識や創造的な精神などを直接感じ取ることができる。日々の生活の中で感情や価値観など目に見えないものを表現しようとする活動に親しみ、理解しようとする機会はあるだろうか。隣接する国に侵略される恐れのない島国である日本では馴染みの薄い、文化の継承と創造を味わうという感覚である。

 

コミックマーケット」という社会現象を引き起こし、その経済効果も大きい日本のアニメ文化であるが、内閣府のクールジャパン戦略とは逆行して海外向けプラットフォームの不備が問題となっている。国内のストックフォトサイトのインバウンドマーケティングに海外への情報発信力があるとは言い難い。例えば、Amazonで海外取引を行うには海外専用のサイトに登録しなければならない。しかし、ダウンロード販売が可能なイラストアートであれば、そのような複雑な手続きは無用である。外国語の問題はGoogle翻訳に頼れば良い。

 

フリーでイラストアートを生業とされている方々には、海外向けの制作活動をしてはいかがだろうか、と考えてしまう。

原因において自由な行為

 

 

イライラする原因は誰のせいか?

 

人は一番自分に関心がある。集合写真の中で誰を一番先に探すか。写真写りが悪いと感じたりしないか。大切なもの(出身地など)をけなされると、自分が否定されたように感じるものだ。

良い人、悪い人の判断も自分の都合が基準。金銭に困っているときに友人が貸してくれなければ、友達甲斐のないやつだと不快に思うだけだろう。心地よいお世辞を言う者は本当にいい人なのか。

自分は常識を信じ、他者も常識を信じて主張する。だから人間関係のトラブルはなくならない。

 

「人の生をうくるは難く、やがて死すべきものの、今命あるはありがたし(法華経)」

 

人として生まれ、この瞬間を生きている。滅多にないことだから最善を尽しなさい。それは尊いものだから感謝の気持ちで受け止めなさい。

自然に感謝の言葉やねぎらいの言葉が語れる人は、それだけで人の支えになっている。

 

悪い人が多いと争いはなくなる。「すみません、ついうっかりしてまして。」「いいえ、私もうっかりしてました。」

人生の生き甲斐の主体は、本人の心の中にある。心身の健康は社会生活の基盤となる。

 

してあげた、「のに」がつくから、腹がたつ。

優しさがなくなったわけではない。愛情とは無償で行われる行為。今は心の余裕がないだけである。

 

 

不祥事案の防止

 

いまだに無くならない不祥事案。この位なら許されるなど甘い考えが取り返しのつかない結果を招いている。恒常業務に関しても、頭の中では何をすべきか知っているのに実践していない、基本の確認があるはずだ。

一生懸命やった末の失敗でも懲戒処分の結果となることもある。法律的に正しいことと常識的に正しいことに沿って対処する方法を考えることが大切である。

失敗しても後でうまくやれば取り返しが聞くものと思わず、適正な業務遂行が大切である。仮にも不摂生により生活習慣病を招き、勤務ができなくなることがあってはならない。

 

飲酒事故:一杯のつもりがつい度を越す。酒飲みにベテランはいない。飲まないつもりがつい飲んでしまい、車で来ているから乗って帰りたくなる。

異性関係:飲み屋でモテるのはお金。同僚は疑似恋愛感情から。感情に流された言動がトラブルとなり事実を歪めた主張をする。

金銭関係:借金に慣れると他人の金と自分の金の区別がつかなくなる。このぐらいなら大丈夫との独断から借金が増え続け、抜け出せない状態に陥る。

最高速度違反:アクセルを踏むのは自分の意思。事故を起こそうとしてスピードを出す者はいない。スピードが出れば事故を起こす可能性が高まることを忘れないこと。

 

自律心に欠け、周囲の雰囲気や環境に影響されやすく、その場の勢いで行動する意思欠如型人間は、社会人としての自覚と不祥事案防止の意識は同じであることを理解し、常に緊張感を維持しイージーミスを発生させないこと。

 

 

やった仕事には説明責任がある

 

日々の恒常業務を行うにおいて、マンネリからつい面倒と手を抜き思いがけない不適切事案を引き起こす場合がある。クレーム対応のミス、取引先への調整ミス、担当者への引き継ぎミスなど、不適切事案の発生は個人レベルではなく組織の評価となることからも、今一度気を引き締めて与えられた業務を果たすこと。

 

同じように見える仕事であっても創意と工夫が必要である。自分の部署だけの常識で判断しない。過去の経験に学び、自分の行為を正当化しない。前例なしと何もしないことが不適切事案につながる。取り扱いを明確にし、信義誠実に努めること。

 

人間、全てに長じるということは至難の技である。しかし、「そのことに関しては〇〇さんがいないと駄目だね。」と言われたいものである。目的はどのように発展するのかを考え、持ち場持ち場の責任が果たされること。組織を構成する個々の実績の集計が組織の評価となる。自分にできることを探して一生懸命努力を重ねれば、誰でも職場の中、家庭の中でもなくてはならない人となるはずだ。

 

1日が、終わった頃に、やる気出る。

趣味ではできて、「仕事」となるとできないのはおかしくなかろうか。

アドバイザーとは

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©︎さとう七味 インスタグラム@shichimi310 無断での転用はご遠慮ください

企業コンサルタント中小企業診断士を含む)とは、銀行から融資を受けられるように経営のアドバイスや提案をし、直接のパイプ役をする者である。当然、地方銀行経験者が多いが、経営方針という組織管理の方策としてのOJT研修やリーダー教育を請け負うコンサルタントが増えている理由でもある。

個人事業主に対するコンサルタントはどうか。登記関係や青色申告行政書士と税理士の出番となる。組織を管理する総合性発揮能力は求められない。

人間関係能力が求められるコンサルティングとは、吉本興業所属の入江氏のように人脈を介して営業活動に繋げることを目的とするものである。要は取引先の紹介に特化しとものとして、銀行が企業や権限を有する人物に置き換わっただけである。

コンサルタントに必要な能力とは、不平不満もなく強制もない説得ができ、あらゆる職業に必要な原則を理解していることである。

 

より専門的な実務能力が要求されるアドバイザーとは何か。

専門的であるがゆえにセクト主義の傾向が強い。余分な仕事には進んで取り組もうとしないだろうし、相手が間違っているかもしれないと考えるとき、自分が間違っているとは決して思わないものである。問題解決にはカウンセリングの手法を用いて相手の考えや行動、性格に対する鍵まで握らなければならない。

 

ここで、コンサルタントとアドバイザーの違いという前提を理解していただいたとする。その上でアドバイザーについて考察を進める。

 

 

組織と人事考課

 

西欧では、個人としては立派だが集団化するとそれを消し合ってしまい、組織作りをしてもうまく機能しないという傾向がある。アメリカのピューリタニズムでは、傷口を舐め合う仲間とは新興宗教でしかない。ところが、日本の文化には、自分の弱点を共有し相手の欠点を認めて許しあい、お互いそれを伸ばしていこうとする「仲間」の人間関係があった。競争、結果重視が横行しても、人間的弱さというものを救い合ってきたのである。

 

しかし、日本は外部からの侵略や競争を考えなくて良い平和な島国であった。満州事変が起こる前、平和な条件下の軍隊では、能力を数字化し評価基準を設けて個人の功を示すことは難しい。そこで出てきたのが学校制度の成績評価であった。戦後の高度成長時代では、誰が社長でもコンスタントに利益を得られる条件下でピラミッド型の組織を維持するには、功績評価ではなく失点評価の「淘汰」であった。その結果、人の足を上手に引っ張る者や、大過はないが何もしない者が出世するというような年功序列の人事考課が社会を包み込んでしまった。

 

間違いのなく弱点もない完璧な者は存在しない。試行錯誤もなく「自分は過っていない」と言い張る者は、実は何もしない、させないので失敗がないのか、責任を転嫁したり過失を塗りつぶすのが上手いだけであって、自己反省とは無縁の人種にすぎない。換言すれば、畑を荒らす害獣は全て殺してしまう、田んぼの水を独占する、仕事に関係がないと行事に参加しない、家族には仕事への献身のみを要求する、社会性の欠けた視野の狭いエゴイストである。そういう者と付き合っていては、自身の破滅を招くだけである。

 

他方で、自分は立身出世主義に興味はないと言いふらすことで何かを獲得しようと狙っていたり、その主張で野心を遂げようとする連中が多くいる。プラスの側面には必ずマイナスの側面がある。収入が増えれば苦労も増えるというように、経済活動に関しては矛盾した目的の中の一つを求めている。ここに生活の質の向上や将来の生活資金のためという副業の推奨や株式投資による資産運用など、マスメディアが無責任に流す情報が思考としてビルド・インされ、この矛盾を自分に都合の良いように誇張して、個人の主張、行動、権利といった何らかの形で正当化されたまことに結構な意見が溢れている仕方のない現状がある。

 

 

参謀の条件

 

一人一人は組織の中の歯車であっても、歯車は全部繋がって仕組みを構成している。歯車のうち一つでも壊れれば全体が機能しなくなり支障をきたすことになる。

しかし、歯車が揃っていたとしても、潔癖症の如くバックラッシュまでガッチリと整合してしまえば、回転方向を変えることや他と組み合わせることは困難となる。

 

日常の生活や仕事は同じことの繰り返しではない。必ず変化が生じるものであるし、不測の事態が起こる場合もある。新しい仕事やマニュアルにない問題が次々と出てくるから、自分の持っている能力をどう応用し発展させていくか、情報をどう組み合わせて新しい考えを導き出し解決を図っていくかが必要となる。

だが、個々の歯車に独立した運動、イニシアチブの裁量を与えるだけでは、そこで狂いが生じて流れが止まってしまうおそれがある。

 

歯車を統括する指揮官がその能力を十分に発揮し任務を全うするためには、有能な参謀の補佐が不可欠である。

組織のプランメーカーである参謀は指揮権を持たない。指揮官の指揮に関する責任遂行を補佐するために活動するのであって、あらゆる場合の指揮官の物の見方、考え方等を十分に把握、理解し、指揮官の立場になって企画、立案すべきである。指揮官と参謀は一体となってはじめてその組織の力が発揮されるのである。

 

「参謀の条件(渡部昇一 プレジデント社)」に、参謀としての資質が数々あげられている。参謀とはトップの補佐機関であり、裏方に徹して前面に出ることなく目的達成を容易にする存在である。

 

参謀の特質(資質)は、「企画力の優秀性」(有能なプランナー)であるが、謀に参与する場合は指揮官の考えを冷静に批判できる能力も必要であり、明らかに誤りがあれば指摘するのも参謀としての責任である。指揮官が情に流される場面があっても参謀は常に客観的に理性に徹し、その計算は絶対に誤りがあってはならない。

参謀たる者は、常に指揮官の視点に立って考えプランニングをし、従来の方式に反省、検討を加え、活動を改善し有効な手段を考えなければならない。資料や情報等を集めてくるだけで「判断」を仰ぐようなことは単なる責任回避である。

 

参謀が組織として機能(幕僚組織)するのは、明治以降の陸・海軍が編成されてからのことである。日本の戦国時代の名だたる武将には「軍師」といわれる策士がいた。軍師は戦場で軍配を振り直接指示をすることもある。当時は占いによって出陣を決めたり、武将個人の力が大きく影響する時代であるから、幕僚が出現する余地がなかったのだろう。

 

源頼朝が鎌倉に幕府を開いて以降、武家政治が戦国時代を経て明治に至るまで続いてきたのであるが、幕僚組織が機能しない幕府は滅亡している。秀吉は天下統一して戦国時代に終止符をうったが、独裁が続いた。そのため、石田三成は秀吉の暴走(朝鮮出兵)を止められず、結局自滅を招いた。長期政権である徳川幕府は、愚鈍な将軍の時代があっても幕僚組織によって支えられてきた。

 

辻 正信(陸軍参謀)

陸軍において「作戦の神様」として終戦まで主要な作戦に参謀として参加していたが、参謀としての能力には不適格との酷評がある。山下中将(比島戦の軍事司令官)は、「幕僚は指揮官の知恵袋であるが、脇役に徹しなければならない。辻はこの参謀道を踏み外している」と批判している。

 

宇垣 纏(海軍参謀)

太平洋戦争開戦時の連合艦隊参謀長として山本司令長官の補佐役を務め、その後指揮官として終戦を迎え、沖縄に最後の特攻出撃をして戦死した。

宇垣中将は、参謀長は司令長官の分身として作戦を計画し、指導することに留意し、次に自分が現場指揮官であったらどうするか、という立場に立って考える方針で対処した。

 

ハンス・シュバイテル(ドイツ陸軍参謀)

第二次大戦で名将といわれた独軍ロンメル元帥の参謀長として名をはせた人物である。

「参謀と参謀長とは違う。参謀の間違いは参謀長にチェックしてもらえるが、参謀長にはそれがない。参謀の失策はそのまま指揮官の過ちとなり、全部隊に影響する。」

 

要するに、幕僚の活動は組織の活動を左右するものであり、組織の基幹ともいえる。幕僚をアドバイザー、組織を個人に置き換えても同じことである。

 

 

 

関心のありかを見抜く

 

ここで、アドバイザーの役割について振り返る。自分は能力と運に恵まれているが、人格が立派だから富を軽蔑しているというポーズで上手く世渡りをしている者を見破れず、自分自身もその仲間だと思い込まないでいただきたい。まず、そういう人間が本物かどうかを見極めなければならない。

 

相手に善意を錯覚させて言いなりにするには、「あなたの考えはもっともです。私があなただったら、同じように思うでしょう。」と伝えれば良い。相手の立場になれば当然相手と同じ考えを持っているのだから、この言葉に誠意を感じてしまうだろう。相手が飢えているものを見抜いてチラつかせるのが詐欺師のテクニックである。

 

田中角栄氏は土地転がしをやって巨利を得たが、いまだに直接の受益者以外にも信奉者がいる。それは、金と権力欲にまみれた人間であったから富を得たわけではないことを示している。

富を軽視する者ほど本心は金持ちになりたいという欲望にとりつかれている。自分を正当化する歪んだ心に気づけなければ、知らずのうちに詐欺や横領といった犯罪行為に利用されたり巻き込まれてしまうものだ。

修身の見本のような偽善者、エゴイスト、モノマニアを信奉すると、当人は立派なつもりではた迷惑なだけの人間になるといえよう。

 

以降、アドバイザーとしての態度を列挙する。相手が本物か偽物かは、自分のパーソナリティが反映されているか否かで気づくことができるはずである。

 

  • 肩書きで仕事をしない
  • 年配者を「君」付けで呼ばない
  • 便利な機能だけを使わない
  • 理屈でねじ伏せない
  • 交換条件で仕事をさせない
  • 指示が伝わっているか確認する
  • 仕事の結果を必ず確認する
  • 働きやすいように膳立てをする
  • 相手を見て教える
  • 必ず念を押す
  • 質問されても逃げない
  • 仕事をもっと簡単にできないかを考える
  • 仕事は自分でもマスターしておく

集団討議の方法

集団討議の前提となるものは、「人が構想し、形にする事」である。そこで成すべき事は、多様性(他者理解)の中で、集合知化された情報を理解できるように、論理(思考の形式や法則)を設計し、可能性を提案する事である。いくら本を読んだところで、そこで得た知識は自分なりの解釈という制約を設定してしまう。他者と関係性を生み出す、様々な人の意見を見聞きし本質を炙り出し、コミュニケーションの精度を上げる。換言すれば、共通のコンセプト(問い・課題)を発見し一体化する事で、自身の、或いは専門性といった領域の壁を壊し、新しい領域(新しい捉え方)が作り出される。「新結合」という経済学の理論(『理論経済学の本質と主要内容』ヨーゼフ・シュンペーター)がある。新たな価値と持続可能な活動の出来る、変化に強いビジネスを創造する「企業者」を育てようとするものである。

 

指導と対話

 

だが、人は十人十色、それぞれに個性がある。陽気な者と陰気な者。理詰めの者と相手を疑ってかかる者、それぞれのタイプによってコミュニケーションは左右される。

指導という角度から見れば、「良き指導者」に教わる時間は「楽しい」という一語に尽きるだろう。しかし、対話という角度から見れば、相手が聞く耳を持たなければその言葉は共感を呼ばず実践もされない。「親しんで狎れず」「敬して遠ざからず」両者に隠すところがなく、自らが考える態度を持つと同時に互いの意見を尊重し合う共同の精神を持つことで、そこで為される意思の疎通は円滑にいくものである。

 

社会機構や国際社会の急激な変化を契機とする改善や取り組みと捉えられた学校教育の方法論は、教育の効率性と合理性、均質で良質な人材を育成するシステムの追求となり、教育制度の画一化を招いた。組織の労力向上の方策にすぎない「管理論」と、組織が人を生かそうと積み重ねてきた努力から考案された「教養の技法」とを強引に結びつけた結果である。

 

現場の中心

 

限られたメンバーで諸対策を推進する為には、士気(モチベーション)という集団レベルを高めなければならない。

リーダーとなる者には動機付け能力が必要である。失敗しないことを重視する、前例踏襲で創意工夫に関心を示さないなど、メンバーのやる気をなくさせるような言動に注意すること。メンバーの意見に対し保留または発言しただけでは未決の課題がたまるだけである。皆で一緒に取り組んでいるという気持ちと行動が必要である。

 

人間的に信頼されていないリーダーは、メンバーを完全燃焼させることはできない。メンバーは「自分のことをどれだけ考えてくれているか」に敏感である。実績さえ上がればよいという気持ちだけで接する限り、メンバーは燃えない。仕事はそれぞれが能力を発揮しうまく組み合わされ結果を出すもの。優秀なメンバーの集まりは、却って自分のことしか考えないためいつか分裂するということもある。

 

交錯する範囲

 

  1. AとBとが似ていると知覚した場合には、置き換わるものはないのでAに変化は起こらない。
  2. Aが似ていないと知覚した場合でも、AとBとの効果が同等であればBはAに影響を与えない。
  3. この状態でAとBとを両立させようとすると、過剰採用・誤採用を引き起こすことや、既存のAが打ち消されてしまうか、AでもなくBでもないマイナスの結果を招くことになる。
  4. AはBという不確定なアイデアを評価するための尺度となるものであり、Bに意味を与えるものではない。
  5. AとBとが異なっている理由を知り、それぞれのアイデアから導き出した再現可能性を正確に測ることで、交錯する範囲=高付加価値が見えてくる。

 

知識が価値観として成立するには、何であるか、どのようにあるかを作り上げる真理(根拠に基づいて確実に知られた事項)が必要となる。価値観が曖昧であると何を信じて良いかわからなくなってしまう。リーダーは人に指示されてから動くのではなく、人を動かして仕事をするのだから、他人の判断を頼りにするのではなく自分の価値観をしっかり持つことが大切である。

 

だが、自分だけの狭い価値観に囚われると同じ行動が異なって見えることがある(積極と軽率)。自分の価値観だけで全てを判断するのではなく、自分とは異なる価値観を受け入れるという広い立場に立って判断しなければならない。自分の記憶を呼び戻して組み合わせるだけの発想では、始めより良い結果を期待することは難しい。やり方はいろいろあるが大事なことは結果。

 

①問題解決討議法(Lecture Forum)

ある問題について、その望ましい方向が既に模索され決まっている場合。これを達成するにはどうしたら良いか討議を通じ、望ましい方向に向けて指導を加えながら実現していこうとするリーダーシップ(メンバーに理解しやすい様にする工夫)を育てるもの。小集団を組んで討議させた後、代表者を出して上部討議に移したり、パネル討議→②に持ち込んで全体の結論を導く。

 

②パネル討議(Panel Discussion, Debate Forum)

模範討議を通じて、参加者全体に問題に対する思考を深めさせ、変革を図ろうとするフォロワーシップを育てるもの。知識・経験のある者を選んで参加者全員の前で自由討議→③を行わせ、ある程度問題点がはっきりしてから、参加者にも質問や意見を述べさせて討議に加えていく。リーダーは、単なる意見発表とならないように、正反対の議論が出るように事前に打ち合わせをしておく必要がある。

これに資料提供を行う専門家を加えるコロッキー・フォーラム(Colloquy Forum)の手法もある。

 

③自由討議法(Brainstorming, Mind Map)

リーダーと数名の参加者で行う。リーダーが討議の題目、やり方を説明した後に自由に発言し、結論を出していくものである。自由発言であるから、結論をまとめる必要のない問題に限る。自身の経験則に偏り、文殊の知恵よりも特色の潰し合いに陥る恐れがある。

 

④バズ・セッション(Buzz Session)

参加者を4ないし5名に分け、グループごとに討議を行わせる。問題解決討議法及び自由討議法の中に併せて、同一室内で賑やかに討議を行う発言雰囲気の相乗効果を狙う。「Twitter」がこれに該当するだろう。

 

⑤ワールド・カフェ(World Café)

リラックスした雰囲気の中で、メンバーの組み合わせを変えながら話し合いを続けることにより、参加者全員の議論を沸かせる。バズ・セッションに対し、100人以上の参加者や、多文化交流と自由にネットワークを築く事を目的とする。

変化への対応

「待てよ、こんなことは前に一度あった。」という気がする。どういうことか良くわからないが、確かあったという気持ちである。決断の中にはいつもその判断に賛成している部分と反対している部分の矛盾したものが存在している。

 

世の中の動きは、一刻も止まることなく変化しているが、変化が徐々に進行すると気が付きにくい。業務が順調に進んでいる時でも、定期的に分析しわずかな兆候でも見逃さないよう注意しないと、変化そのものに気が付かず手遅れになってしまう。

 

変化の兆しが見付かった時、若しくは予見される時、自身が変化に応じて変わっていく、動いていく事が必要である。得てして失敗の原因になるのは、変化の読み違え対応が不適切であった場合である。それが、過去の成功体験であったり長年の習慣や世間一般の常識であったりする。前例を行動の基準にしてはならない。

 

リーダーとなるべき者には、時代という秩序の中で要求される資質が異なってくる。単に過去の偉業者を理想像としてその生き方を真似てみたところで、リーダーシップを確立したわけではない。それは崩壊路線を辿りつつあるレールかもしれない。

 

新しい時代に対応するには、新たな発想(やり方を変える)、アイデア(人員の高度活用)が必要である。既成の観念に囚われる程、人の考えを誤らせ道を閉ざすものはない。「今」とは、まだ全てが未完成であり、昨日までの正が誤になりその逆も生じ得る価値観の根本的変動が継続している状態にある。

 

責任と役割

 

今何が問題か、何が欠けているか、何をしなければならないのか、自ら考える訓練に取り組んでいかなければ、マニュアルに頼り実務能力が低下するだけである。任せたら結節時でアドバイスをする。任せっぱなしでは全体が見えてこないので適切な指示を出せない。

 

メンバーに業務を減らさないで単に休めといってないか。公平、能力に応じた業務を割り振っているか、業務の合理化を推進しているか。目標は達成行動のための知恵と行動力を生む活力となる。

「玉磨かざれば光なし、人学ばざれば道なし」

自己を鍛錬してこそ持っている才能の真価が発揮できる。頭の中では何をすべきか知っている。ただ実践していないということにならないよう、基本の確認と実践の意識改革をすること。

 

世の中が変わってきている。この位なら許されるなど甘い考えを持ってはならない。法律的に正しいことと、常識的に正しいこととが一致していることが必要。一生懸命行った結果の失敗でも、処分の対象となることもある。やるべき措置はしっかりやること。

 

心身の健康は社会生活の基盤となる。自分自身を大切にすることが、家族を大切にすること、職場を大切にすることに繋がる。

「健康が全てではない。しかし、健康がなければ全てが無い。」

 

リーダーシップとマネジメント

教養訓練は、現場の実務能力不足に対する即効性、実効性の要望が聞かれるが、その反面で「メンバーを生かして使う」ということを軽視したところも見受けられるのではないだろうか。

研修員の割り当てがあった場合、いつも同じ顔ぶれが揃う。業務多忙の中にあって、リーダーがが仕事を独り占めして一人で忙しがっている。このような組織では、リーダーは仕事が生きがいなのだから自分達は手を出さないほうがいい。実務を知らないから取り扱うことができないので便利屋に押し付けよう。自分達が仕事をしやすいようにあれこれ注文をつける職場環境となる。その結果、「面倒だからいっそ一人でやってしまえ」ということになり、職場教養は疎かになり自己啓発の方向性も定まらなくなる悪循環に陥っているのではないだろうか。

 

マネジメントとは、人の心を知り、相手のやる気を引き出し、モノの見方や考え方を広げ、自主的に自己の能力を高めるように働きかけることである。大手の人材育成コンサルタント研修を見させてもらったが、どうにも現場の実際と噛み合っていない講義や課題を進めている。仕事のやり方や人間関係のあり方、報告・連絡・相談のやり方に至り、「評価できなくなるから指示したとおりにやれ」と言うが、それは単なる作業手順の確認であり、自分に代わり仕事を完成させていく能力を学ばせる職場教養ではない。企業としては、経営方針に従順な社員に仕上げて欲しいという腹なのだろうが、人材の最大有効活用のつもりが業務の単純化と意欲の低下の傾向を招いていることへの問題意識は無いのだろうか。

 

高齢者や身体にハンディキャップを持つ人の安全を守る自動運転システムや、24時間体制が必要な医療介護施設の体調管理システムにはIoTが必須である。しかし、人件費削減のみのコンサルティングに教養訓練など必要ない。それこそロボットでも導入すれば良い。労働基準法も関係なく働き続けてくれるのだから。

 

ここに、ある県立高校の教諭から受けた職員に対する苦情の一部がある。その方に負担が集中することは目に見えていたので、私が学校を去る前に教育委員会の通達を根拠に業務の簡略化を作っておいたのだが、それが人的要因によって機能しないという。戻ってきてくれと言われても私は教師の非違行為を揉み消すために存在を消され、口封じのつもりか恩着せがましく他校を紹介されたのだから、学校内で解決してくれとしか言いようがない。

 

〇〇先生から職場への苦情聞き取り

 

  • 別の先生に依頼されていることが、対応できず自分に回ってくる。
  • △△先生・△△先生のコンビで担当となっているが、〇〇先生に回ってくる。
  • 起案書を作成しないので、締め切り後でも担当者の都合で仕事が回ってくる
  • □□先生・□□先生は何もせず。

 

グループ長に計画性はない。全体計画などない。指示をしていないため事前に準備は行われていない。メンバーも自分から把握して動く事はない(まだやらないという指示であるから、やらないと返答)直前になってから担当外の者であっても仕事を割り振る。但し、本来の担当者が手を出される事を拒否、拒絶する為にトラブルとなっている。結果、前年度の資料がなくパニック状態となり、自分に尻拭いが回ってくる。行事終了後の段階に至り、後付で報告の為の資料を担当外の者が作る。グループ長のマネジメント能力の低さと計画性のなさ、メンバーの責任感のなさが問題である。

 

1 明朗である事

非常時に組織をしっかり管理しメンバーを掌握して統率力を発揮する為には、何事にも惑わされない目標管理が必要である。最悪に備え起きた時の覚悟と対策を考えておけば、予想程結果は悪くならない。平時からマニュアルに従って行動できる自己管理の習慣が、人間組織を合理的に動かす為の方法論である。

 

2 常に自我を保っている事

非常時には、行動する自我と自分の行動を客観的に見ている自我の「驚かざる心」を持っていなければならない。自ら決断を下していけるように実践的、現実的な事例研究を自作するという態度が必要である。

 

3 広い視野を持つ事

出来事の全体像を見る「鷹」の目を持っていなければならない。同時に、将来を見通す目も必要である。混乱した現場の雰囲気に流される事なく優先順位を的確に決め、A方向を選んだ時にはこんな事が見えてくる、B方向を選んだ時には別の結果が出てくるという見通しを考えられる事。

 

4 相手の立場で物事を考えられる事

私心のないリーダーは、他者に感情移入し親身にメンバーの心配をして面倒を見る。立場の弱い者の側に立って物事が考えられるリーダーにこそメンバーは付いて来る。

 

5 決断力がある事

リーダーの不決断は事態を一層悪化させる事を肝に銘じるべきである。平時のリーダーに求められる調整能力とはまるで違う、やる、やらないのどちらかを瞬時に選択する資質である。決断の為には的確な情報収集能力がなければならない。

 

6 行動力があること

俺がやらねば誰がやる」と率先躬行の精神を持ち、考えを実際の行動によって示す事が出来なければならない。どんな名案を考えていたとしても、誰かがそれを実行しない限り事態は変わらない。

 

7 情報感覚がある事

何時でも、最初に掛け付けた者が一番情報を持っている。相手の意見を最大限に尊重しながら求めればメンバーは動くものである。リーダーが行動を起こし組織方針を打ち出さなければ組織は活性化されない。

 

8 声が大きく簡潔であること

リーダーの指示は簡潔でなければならない。複雑条件、停止条件解除条件付の指示は必ず失敗する。説明でわからないところがあったとしても、99パーセントの者が「分かりました」と言う例が多い。特に新しく覚えようとする者に対しては、指示内容の印象が薄れるおそれがある。

 

 

※日本におけるマネジメント研修の導入は、1950年代に、アメリカ軍のM・T・Pを通産省(現経済産業省)が日本版として紹介し、その後は日本産業訓練協会の管理となり、現在の13次改訂に至るまで、「日本人の気質や会社風土、現場の実際に合わせて時代の思潮や変化を反映して練り上げられてきた人材育成プログラム」という講座が開かれている。

 多くのコンサルティング会社があるが、教育の抱える問題が金儲けの材料にすり替えられている限り、組織に属することへのアレルギー反応や楽して稼げる方法のみを追求する姿勢は改善されないだろう。寧ろ、働かされる側よりも、教える側に回れば楽に金を儲けられるとする風潮が濃くなっていると感じる。

知的メタボ

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「今は吾は侘びそしにける気の緒を 念いし君を縦さく思えば(紀女郎)」

 

放置、放任、自立はそれぞれ全く異なる意味を持つが、では「自立した学び」とはどういう学び方なのでしようか。

教育支援員は「教師によって生徒が不利益を被らないための存在(教育局行政課の返答)」であるので、教諭たちからは「生徒には優しいが教師には厳しい」との反感を受けていたが、ある新任の物理科教諭は積極的に私の意見を聞きにきてくれた。

 

学年当初と今の生徒の様子の違い、授業への集中度、規律指導への対応など、その教諭の普段の振る舞いから判断するならば、「懇切公平で個人の都合には例外を設けず反省を促す熱心な人物」と言える。彼が違和感を感じていることを調べるために授業を覗いていたが、特に女子生徒の態度が気になったので授業後に話しかけてみると、

 

「かっこいいと思っていたけど、厳しいし授業が難しすぎる。」

 

物理を学ぶには関数解析微分方程式の理解が必要となる。指導案の生徒の実態が「二次方程式から学びなおす必要がある」とあれば、そもそも物理の授業を始めることができないということになり、担当教科と並行して数学の入り口まで教えなければならない。生徒たちには暗号文にしか見えない教科書の読み方を教えてくれる人物を「かっこいいいけど」で一括りにされては、こちらはベクトル空間の同時多項式を解けと言われているのと同じである。

 

変化のきっかけは単純なことだった。「時間が終わってたけど書き終わるまで待ってくれた。嫌なやつだと思っていたけど、ほんとはいい人だったんだね。」

呆れながらもその旨伝えに行くと、「ああ、あの時のことかな。」と思い当たる節がある様子で、二人で苦笑いする他ない。

 

優秀かつ人間的魅力のあるリーダーは地位や肩書きだけでは図れません。自分の能力を正当に評価してくれるだけでなく、伸ばしたりやりがいを与えてくれる人物であって、初めて一生懸命頑張ろうという気になれます。

 

新しい時代のリーダーは、時代の流れや価値観の変化を読み取りニーズを見抜き、他の模倣や追従に終わらず常に一歩先んずる先見性と創造性が必要です。第二に、自分が所属する職場の理念や方針を熟知し、自ら求めた仕事への使命感を自覚して正しい目標に挑戦すること。

 

この人についていけば必ず成功するとの信頼感を得るだけの指導を完成していくには、その時々に必要な情報や知恵を持たなければなりません。知恵なき者は、人の上に立って仕事を成功させられないと同時に、度胸(使命感)がなければ難局を乗り切ることはできません。

 

活力にあふれている組織をどのように作り出すか。単に忙しそうに動き回るのではなく、「話し合いは徹底し、決定したことは必ず実行する」「権限譲渡が行われており、組織の下層でも責任を持って仕事をする」といった構造づくりが大切です。その基盤となる人と仕事との関わり合いや、職場全体の風土に強い関心を払う必要があります。「相手は人間だ」という理解なしに人はついてきません。

 

これで物理が苦手だとか嫌いだとか、マイナスのイメージは払拭されたのだろうか。「それとこれとは別」という返答が返ってきそうなので追跡調査は行わなかったが、彼がもう一人の新任の化学科教諭と一緒に教材研究に熱心に取り組んでいる姿を見ているので、生徒たちには「数学Iと予習をしてくれ。それで君たちの偽物の困難さは解消される。」とだけ伝えたい。