教育支援員の備忘録

生徒主体の学校づくり

自己啓発の目標

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「君が為尽くす心は水の泡 消えにし後は澄みわたる空(岡田以蔵)」

 

高度成長期ならば本業一筋でも市場の拡大が望めました。必要とされる人材とは、目標到達能力に優れてさえいれば十分であり、個性や感性といったものは求められず、いかに組織的、効率的に目標に到達し得るかが重要でした。

 

しかし、今は新規の分野を開拓しなければならない時代です。目標は不明確になり、何をすべきかを考えていくには問題提起能力なり目標選択能力が重要になります。各人の個性や感性を取り込んでいかないことには生き残れないのだから、命令されたとおりに行動できないない画一的なタイプは必要とされません。

 

先行き不透明な時代とは、平時ではなく有事だということです。当然、人材も有事にふさわしい人物が必要となります。自分の培ってきた過去の成功事例で物事を推し進めようとしても、新たな失敗を繰り返すだけです。新しい時代の人材には、先見性、判断力、決断力が求められます。

 

1 経験豊富なベテランは仕事に自信を持っており、下命事項に対してすぐに状況を調べて過去経験に照らし合わせて適切に処理するが、経験則範囲外の手法では「不可能」と諦めやすい。

 

2 下命事項そのものに経験はないが、ちょっとのことでは妥協しない性格から苦労しながらでも目標を達成する。

 

3 創意工夫を凝らし真剣にぶつかればなんとかなるとの自信があり、能力開発と教育ができるが、慣れるまでの期間をどれだけ取れるかは下命事項の緩急による。

 

4 自分の行為を正当化するのではなく、法令、社会の常識に沿って立案する方法を考えられる説明責任がある。

 

5 適時適切に業務の進捗状況を検証しながら前例に固執しない業務改革に努める。また、マンネリと見えたら未経験の業務を取り入れて能力を開発させる。

 

組織運用の目的がどの様に発展するかを判断する為には、「できる、できない」ではなく、「何をすべきか、どうすればできるか」を考え、任務に対する認識の統一を図る必要があります。

 

アムステルダムの女子修自館の扉に掲げられている言葉。「なんじ恐れるなかれ。我が手は嚴けれど、我が心は愛に満ちてり。」

確固たるイデオロギーを信じていればその目標の元に団結する強みがあります。しかし、自由主義国家(SNS)では、信ずるものがなく価値判断が多様で不安定です。この乱れやすい社会と安全を守るために、自分の仲間内でしか通用する言葉しか使えないことは恥ずかしいことです。

 

失点主義でも功績主義でもなく、トライ・アンド・エラー、試行錯誤なく過つことに固執して、自分は誤っていないと言い張るリーダーは、失敗を塗りつぶすのが大変上手であったり、責任を転嫁したり、時には過ちを押し付け、なんでも満遍なくしたような顔をしている至極卑怯なダメ人間だということです。

 

こういう人間が会社で出世するとかしないとかということは抜きにした話ですが。

自分を変えるのは自分

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「あらざらむ此の世のほかの思い出に いまひとたびの逢うこともがな(和泉式部)」

 

神奈川新聞(平成1869日)に掲載されていた記事を抜粋します。

 

先輩の優しい言葉で自信

 

「私は中学校の女子バレー部に入っています。(中略)その頃の私はチームのみんなに迷惑をかけてばかりいました。試合ではポイントよりミスの方が多く、いつもマイナスで私は泣いていました。その時、三年生の一人の先輩が私に『泣いても上手になれないよ。自分が一生懸命プレーすればミスだって少なくなるし、上手になれるよ。』と言ってくれました。その先輩はバレーがとても上手で、優しくて素敵な人でした。私はその言葉通り、試合でミスをしてもクヨクヨしないで胸を張ってプレーをすることにしました。

今は自分に自信が持てるようになり、できなかった事でもできるようになりました。先輩は今、高校でバレーをしています。先輩が私にあの言葉を言ってくれなかったら私は。引退まであと少し。力を尽くします!!」

 

信頼される人材となるためには、第一に、正しい人生観・社会観など倫理性を自覚することが大切です。人を大切にし、メンバーを大切にし、社会を大切にする基本の心を持ち続け、自らの行動が私利私欲にとらわれることのない哲学を身につけなければなりません。

 

第二に、有言実行・率先垂範・公平無私に徹して、自らその手本を示して信ずるところを説得し、統率してゆく行動力を発揮しなければなりません。

 

第三に、人の幸いを先に考え、チームの発展に捨て身で貢献し、自らの幸せを最後に考えることです。自己を犠牲にしてでも強い責任感を持って行動するするリーダーにはメンバーも心服し信頼を寄せるものです。

 

第四に、他に一歩先んじ先手必勝、常に危機感を持ちながらリスクに挑戦して取り組み、絶えず新地開拓する精神に燃え、ことに当たり全て責任を持って決断する力を養うことが必要です。

 

人の能力は数字だけの管理で判断できる者ではありません。人には得手不得手があります。得意分野は伸ばし、不得意分野に努力を傾ける。しかし、言うは易く、行うは難し。

 

先輩(リーダー)の一言で、メンバーは救われます。

人材雑感3

http://anju-manju.com/

「誰かやにながらへて見る書きとめし 跡は消えせぬ形見なれども(紫式部)」

 

価値観の多様化に伴い、進むべき目標は新規の分野の開拓といった先行き不透明な時代となりました。もはや、自分の培ってきた過去の成功事例だけでは通用しないと言えます。では、どんな人材が必要となってくるのでしょうか。

ここで、漫画家あんじゅ先生を紹介したいと思います。

何事にも人それぞれの個性があって、それが仕事の仕方に反映するものです。それぞれの得意技が冴えているか否かが勝敗の決め手となります。彼女の漫画サロンでは、「作風を大切にする」ことを重視しています。自分の意思を十分メンバーに理解させ、組織を上手に使って仕事を進めることができる人、相手に「あの人のために働こう」と決意させ、アイデアを次々と出し、創造的で手堅い仕事ができる人。

あんじゅ先生は、「確かに」という言葉を使いません。その代わり、「自分としてはこう思うのだが、この場合は事情が違うのだろうか」と自身の意見を断定的に述べません。それが協調的で親しい感をもたらしているのではないでしょうか。

 

やることとやらせること

 

リーダーは生の現場を担当する者であって、手慣れた仕事に安住の地を求めるのではなく、未経験の仕事や皆が嫌がる仕事でも飛び込んで自分を試すようでなければメンバーはついてきません。自ら考え判断し、決断しメンバーを指揮するのがリーダーの役割です。人の力をうまく使うには、自分自身の高い基準を相手に押し付けすぎてはなりません。また、自分の仕事をやることに夢中になり、メンバーが困っている状況に気付けなくなってもなりません。関連する他部門が多く抵抗が多いと考えられる業務や、やって見せなければメンバーにはできない業務、状況が切迫していて手段方法を選ぶ暇がない業務こそ、リーダーがやるべきことです。

 

業務管理の徹底

 

リーダー自身が業務多忙であると、メンバーは浮足立ち緊張感が欠け、思いがけない不適正事案を引き起こすことがあります。業務に間隙を生じさせないように業務管理を徹底するのがリーダーの役割です。仕事の実績に偏りすぎ、できないメンバーを捨ててはならない。何度でも同じ注意を繰り返し自分の頭で考えさせて、それができるまでやらせる指導が大切です。リーダーはメンバーを伸ばすか腐らせるか、その者の人生を支配していることを忘れてはなりません。また、よくできるメンバーを自分の便宜のために塩漬けにし、その手足ばかりを使うとメンバーは伸びません。マンネリと見えたら、なるべく未経験の業務に移し能力を開発させることも重要です。教養効果は、日常の部下との接触のチャンスをどれだけ教育に活用できるかで決まってしまいます。自らの目と耳と足で業務を確認・点検し、前例のみに固執し判断基準、行動の指針としない業務の推進に努めることが大切です。また、業務管理はリーダーの仕事であってメンバーに迎合し、代弁者とならないことも大切です。努力することは十分条件ではなく、当然なすべきことを当然に行うよう、中間報告を求め、適時適切に業務の進捗状況を検証し、結果を出させる指示、指導、教養を徹底することです。

 

組織目標達成のためには、適材適所、部下の能力を十分に発揮させる指揮が必要です。そして、リーダーはメンバーの仕事を応援することです。努力している者の評価、公平性の担保に努めること。これがないとリーダーとメンバーをつなぐ信頼感が断ち切れてしまいます。

 

熟読玩味

 

さて、読書といえば実務に役立てようとする読書もあれば、単に娯楽的な読書もある。インターネット検索すれば、大学で勉強する程度の専門的知識は一気に習得できるだけの情報量が溢れています。

自分の読書力はどれ程のものか。飛ばし読みをする要領、拾い読みをする要領、要点読みをする要領、根気よく読み続ける要領。センテンスの中のキーワードを捉え、次のセンテンスと繋げる。そうやって節の要約、項目の要約へとやっていき全体をつかむのが効率的な読書術ですが、センテンス全体を見ることができれば内容の大筋をつかむことができまます。あんじゅ先生の漫画は、まさにその手法で効果的に表現されています。

 

人間の本質は、酒に酔いながらも本を読む能力もありますし、性に淫することと哲学することも同時にできます。綺麗ごと好きで道徳的な格言を座右の銘にして喜んでいる私と違い、あんじゅ先生の作風は「現実と理想」といった見事な人生洞察を示していると感服せざるを得ません。

清潔、誠実でありさえすればいい、その主張が真面目でありさえすればいいという意見は政治家のスローガンに任せれば良いでしょう。自身は立身出世を求めない、それよりも社会的公平が大事という誠に結構な意見が溢れていますが、普通の人間は自分の心に正直に富を求め、より豊かな生活を求めて努力するはずです。

仕事の原点

「人一たびしてこれを能くすれば、己これを百たびす(中庸)」

 

仕事をする人は誰でも悩みを抱えている。失敗して落ち込んだり、褒められて嬉しくなったりと、日々悩みながら成長している。

しかし、心配性の人は「今までは大丈夫だったが、そろそろ危ない。」と考え、消極的になる。逆に能天気な人は「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だ。」と考え、軽率な行動をする。

業務分析を怠らず、事故の発生防止と対策を立て、メンバーの要望や苦情に対し、理性的、客観的に分析し対処することが大切である

苦労(創意工夫)した仕事でないと達成感は得られない。情報と資料はどこにでもある。向学心、向上心を持ち、一生懸命に職務を執行していくべきである。

 

他人が1回でできたことを自分は2回、3回とトライしてもなかなかできない。ならば100回も挑戦すればどんなことでも必ずやり遂げることができよう。

初中後善(理趣経)。始めも中程も終わりも全て良いということは滅多にない。どちらかといえば「終わり良ければ全て良し」、それまでの苦労が報われるというものである。

 

しかし、過剰勤務などによる心身の極度の疲弊、消耗は、「気分感情障害(うつ病双極性障害)」となる。このような症状が出たら、何をするにも億劫、集中困難、ケアレスミスが多くなる、眠れずに熟睡できない、殆どのことに興味がなくなった、一日中ずっと憂鬱であった、何を食べても美味しくない。

アルコールやタバコに頼ると依存症になりやすいので注意し、日頃から柔軟な考え方を心がけ、趣味に没頭するなど気晴らしを講じなければならない。

 

言葉に惑わされ業務多忙との錯覚に陥ったり、緊張感を欠くなど思いがけない不詳事案を引き起こすことがある。本人の常識だけで判断し、このぐらいなら妥当な範囲との独断や、事実を歪めた処理をする非違事案は、たとえ一度でも許されない。失敗しても後でうまくやれば何でも取り返しがきくものと思ってはならない。

基本から外れるときは上司に報告し処理する。職務は常に基本の実践であり、「この次」と何もしないことも不詳事案である。

 

したいけれどできないのは勤務実績、能力がなくてできないのは分限、やりたくないのは怠業行為、やらないのは懲戒。

 

花は厳しい暑さや寒さに耐え、季節になれば咲き、その花特有の香りを放つ。人は現実の花のように匂うことはないが、その人の存在、行動などが鮮やかに見えるとき、「華がある」と評価される。

少年非行防止

z生徒一人一人は様々な考えを持っており、対応は千差万別するものです。良い対応とは数値に置き換えられるものではないが、概ねといったところに落ち着く。基本は、生徒の笑顔のために頑張ろうという意識です。

 

15歳前後の特徴は、自我に目覚める自己確立の時期です。しかし、体格が大人に近づいても心はまだ子供です。話をよく聞く、顔を見たら声をかけるなどを通じて自分の感情をコントロールさせる習慣が必要です。

  • 自己主張が強く気分にムラがある、些細なことを気にして落ち込む
  • 自分のこと以外あまり関心がない、反面、他人の言葉や態度には敏感に反応する
  • 自分の感情をコントロールできない、具体的にはわからないが何かしたい
  • 大人の世界に憧れ真似をする、特に仲間がいると格好つけるために喫煙、飲酒や危険な行為をする
  • 少し斜めに構えていると周囲から格好良いと見られるので、常識から外れた生活に憧れる
  • 社会経験が浅く、勝手に他人の自転車を乗り回したり遊びで万引きするなど、犯罪となる行為を予測できない
  • 犯行の隠蔽も一緒にいる者と口裏を合わせる程度、その場を取り繕うためバレる嘘を平気でつく

 

物事には取り返しのつくことと取り返しのつかないこととがあります。犯罪となる行為は学校、家庭、警察と連携し、防止するための努力が大事です。

  • 相手がどのくらい迷惑を受けているか、被害を受けているかを理解させる
  • 殴った方は忘れても、殴られた方(被害者)は忘れていないことを理解させる

 

大人の指示には、やらされているという感覚で反発します。先生の言動が大きく影響します。まずは声かけで情緒を安定させます。

  • 上から目線では命令調、突き放されたと受け取られます
  • 下から目線で共感、同感が得られます
  • 幾らか知識を持っていると、「知っているのにくどい」、説明を省くと「不親切」と受け取られる

何かできたことに着目し良い点を褒める。褒められれば誰でも嬉しいし、やる気も出ます。今までできなかったことができるようになったことに一声かければ、更に自信を持ちます。

 

先生だけの検討では、生徒一人一人によって受け取り方が異なります。クラス全体の問題として対応する必要があります。友人の言うことには耳を傾けてやってみようとします。自分たちでやっているという実感をもたせます。他人を大事にするということは、友人知人の間をめぐり結局は自分に返り、自分を大事にすることに繋がります。

 

保護者からの苦情に耳を傾けるが、一番知っているはずの保護者が知らないことが多いということが現状です。その年にならなければ気づくことができないことを、今気付けせるのが先生の腕の見せ所です。

 

理解させなければならないこと、遊びであってもいたずらのつもりでも犯罪です

 

店では商品を仕入れ、売ることによって商売が成り立ちます。私一人くらい…ではない、一人が百人となれば、大きな被害となります。万引きやいたずらで商品が売れなくなれば、商売とならず店を閉めることになります。

 

盗む意思がなくても他人の自転車を勝手に乗り回せば、自転車盗(使用窃盗)になります。置いている自転車を勝手に乗り回せば、占有離脱物横領になります。拾ったものは警察に届けなければ罪になります。

 

友人が一緒だと威勢を示すため、ジグザグ運転や信号無視など危険な乗り方をします。歩行者に衝突して怪我を負わせれば交通事故として賠償責任が発生します。

 

注意するときは自尊心を傷つけないこと

 

中学生・高校生の思春期の特徴は、関心あるものには集中する、ある対象に興味が湧くと周りが見えなくなってしまう。逆に何につけずすぐ飽きてしまう。

集合写真を手渡されたとき、最初に探すのは自分の姿です。気になるのは写真写りです。常に自分を認めてもらいたい、見ていて欲しいと思っています。

 

14歳だと接法少年、15歳だと犯罪少年となります。仲間を庇うため、14歳の少年が嘘をつくことがあります。また、弱い仲間に罪をかぶせることがあります。

客観的に見ると、仲間同士で嘘をつくことがあります。いじめを行なっている不良行為少年の方が、もっと惨めな状況になっている場合もあり、周りの者からもよく話を聞かなければなりません。

 

一度言ってしまった言葉は二度と口には戻らない。言った本人は忘れても、言われた方は絶対忘れません。感情剥き出しは損があっても得は皆無です。

 

「何かしたい、よくわからないが自分に合った何かがしたい」この声を聞くのが教師です。

人材雑感2

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(「アソビくるう人生をきみに」 あんちゃ KADOKAWA

 

「今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く。私供は隠されて仕舞った我が太陽を今や取り戻さねばならぬ(平塚らいてう)」

6年振り、原隊に顔を出そうと市ヶ谷に向かった。部隊長、上官への挨拶は簡略に、昨日の事の様に慣れた会話が始まる。「また明日。」と言わんばかりに振り返る事もなく立ち去った。私が育った場所であり、私を育ててくれた人達が居る場所である。私を「仲間」と呼ぶ「仲間」の居る場所である。

 

人間は集団生活を営む存在であり、その為に組織を作る。組織とは、「ある特定の目的を達成する為に幾人かの人間を秩序正しく結合させ、その目標に向かって共同して仕事を遂行していく機構」であって、人間の為の組織を動かしていくのは人間だということである。

 

さて、そこで組織の管理論となるが、ブロガー・メディアディレクターのあんちゃさんを紹介したい。

 

https://www.mazimazi-party.com/entry/profile/

タイトルだけでは伝わりにくいが、著書を読んでみると「現代人は利口で小賢しくなった」と、自主性を個人主義として退け自立性を否定し、パイオニアとしての努力は誰もやらなくなった。賛成か反対かの選択さえ間違わなければ、金や名声といった自分のエゴを得られることへの警鐘と伺える。

 

余談だが、塩野七生氏の著書「イタリアだより(文芸春秋 昭和50年)」では、神と一人の天使の話が紹介されている。

「神様、イタリアだけこんなに美しい自然と温和な気候を与えられては、他の国と不公平ではありませんか。」神様は答えられた。「大丈夫、イタリア人を入れておいたから。」自称的な小話であるが、これが日本であればどうであろう。きっと神様は「鉄も石油もないから心配ない」と付け足すだろう。

 

立派な人の行動を真似しようとすることは決して悪いことではない。しかし、全員が同一方向に走ってしまうと集団の思考の単純化が起こる。思考水準は低下し、デマやインフルエンサーによって振り回されやすい体質となる。不安定集団化したその集団心理が、帰依者の成功体験を例示されることによって、過敏に振り回されやすくなっているのではなかろうか。

 

 「自己肯定感」が高ければ、ありのままの自分を受け止められる状態にあるので周囲のアドバイスを受けることで成長していける。これに対し、「自己有用感」は、他者の役に立った、喜んでもらえたと、他者の存在が前提にある感覚であるから自己肯定感とは全く異なるものである。いずれも「自己評価」であることに違いはないが、他者の評価や視線を強く意識してしまい、自分の気持ちを開示できなくなってしまっては何もできなくなってしまう。

 

リーダーとなるものは前例踏襲を打破し、何のために何をやるのかを考え、組織を維持するために必要な指示や命令は、極端な言い方をしてでも徹底させなければならない。更に、集団の統率には漫然とした精神訓話よりも、指示に対する付加価値をつけなければならない。世の中の動きは一刻も止まることなく変化しているが、変化が徐々に侵攻していると気付きにくい。わずかな兆候でも見逃さないよう注意しないと、変化そのものに気づかず手遅れになってしまう。

 

あんちゃさんは、「先を見通す」力と、相手がしゃべりたくてたまらない問題を代弁してくれる。彼女は自分が辿った茨の道を語るだけの人物ではない。是非、彼女の著作を読んでいただきたい。

論旨がわかりやすく、且つ的確なコメントとは、自身の日常の体験というフィルターによって共感されやすいオリジナリティが加えられているものである。それは、見えなかったものを行為・機能・プロジェクトといった誰にでも取り扱えるものに変換してくれるものでもある。変化に強い人間とは、対応能力だけだはなく構想実現力も持っている。

随所作主

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「咲けば散り散れば咲ぬる山桜
いやつぎつぎの花さかりかな(北政所 ねね)」

 

父が鎌倉の円覚寺の和尚様に教わった言葉である。「いつどこにあってもいかなる場合でも、主体性をもって行動するならば真実を把握出来、いかなるものにも翻弄される事はない。」
だが、文科省が個性や多様性を打ち出しても、その受け皿となる産業社会が存在していない。本来業務に見切りをつけてSNS上では副業投資が当たり前のように宣伝されているが、ライザップ風に言えば、私はそのレトリックにコミットできない。

相手に自分の考えを伝え、かつ考えさせる方法の基本は「講義」である。しかし、一定の考えを押し付けるかの如く一方的に喋り続けているだけでは、相手の共感を呼ぶこともなく実践もされない。何を学んでも、そこに自分というものが入り込んでいないのだから、功利的・打算的な見返り(例えば受験)がなければ学びは成立しない。

そこで、集団討議となる。中教審の「質的転換答申」では、参加する全員が討議を通じて得た結論は、自分が決めたこととして捉えることができるので、実践に移そうとする自律的行動が見られるようになるのではないか。と締めくくられている。
しかし、それぞれの考えを述べ全員で決めたはずなのに、後になって「自分の意見と違う」と不平を言いだす者が多いのも事実である。自らが考える態度を持つと同時に互いの意見を尊重し、メンバーの意見をまとめながら問題解決に導いていこうとする共同の精神が抜けているからである。

受け身の判断と行動では、結果発生に責任を伴わない目先の仕事に終わる。「苦労世代」である年代の人達に、何故か、与えられる事が当然という感覚で、仕事も楽々進むものと勘違いしている者が散見される。
論議のみで行動が伴わないのは、それぞれの経験則にのみ頼った意思決定という、都合の良い情報を求めているに過ぎない。課題に対しその問題の本質に正面から取り組み、自らの行動で納得できるものにしなければならない。単に労働力向上の手段と捉えてはならない。

困難に立ち向かい挑戦する勇気とは、組織の方針と目標を正確に捉え、自らの行動をメンバーに理解させ影響力を与える事である。これは、組織が人を生かそうと努力を積み重ねてきた結果から考案された「管理論」に関わる教養の技法である。