教育支援員の備忘録

生徒主体の学校づくり

自分の軸

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「女ばかり身をもてなすさまも所狭う
あはれなるべきものはなし(源氏物語 夕霧)」

 

ある1年次の女子生徒に気づいたのは陸上競技大会の時である。足を痛めていたにもかかわらずリレーに参加し、案の定途中から歩くことさえできなくなり片足でジャンプしながら進もうとする。ゴール手前で動けなくなり、結局は肩を貸して支えながら進むことになったが最後まで走ろうとする姿勢を崩さなかった。

 

苦労するよりは諦める方が楽という選択は卑怯である。順調な時は何もしなくてもうまくいく。だから、困難の時の選択で人間の価値は決まる。よく苦しみに耐えて目標を目指す者であれば間違いない。人を見るのに一番の方法である。

 

授業でも予習をしっかりとしており単元の目標を理解できている。クラスや部活動でもチームリーダー的存在であり、「頼もしい逸材が来た」と周囲の教諭たちと話していたが、一部の教諭たちには「能力は高いが周囲とトラブルばかり起こす」という目で見られてしまった。部活動を辞め、気が付けば茶髪に化粧の濃い変貌ぶり、私を一瞥して露骨に目をそらす様子に唖然とするばかりである。

 

思春期は様々な刺激に敏感な多感な年頃である。他人の心無い言葉や態度に傷ついたり過敏な反応を示してキレてしまったりする。これは性格的な問題ではなく、思春期ならではの体と心の状態がもたらすものである。だが、割れてしまったガラスの破片はどうなるだろう。鋭い切っ先は自分を傷つけるだけでなく他人をも傷つけてしまう。

 

2年次に新しい担任教諭とクラスの生徒たちをつかまえて話をした。幸いにも、みなが私と同じ意見であったが、「でも、どうすればいいのか。」生徒たちに人生の目標について話しかける。卒業後にやってみたい事は提示できるが、「今やっていることは何のために」という問いの答えを持たない。身近にある既成のものに具体的なビジョンを求め、型にはまる事で無意味感から逃れようとする。問いの転換。君達自身が問われる者としてその問いに答えなければならない(人間存在の自己超越性)。人生を意味あるものにする可能性を現実化できるかどうかは、君達の人生に対する態度如何にかかっている。

 

「周りが何と言おうと、全員を敵に回すようなことになっても、私は最後まであなたの味方をする。」その言葉をあなたは無視することなくちゃんと聞いてくれました。あなたがクラスをリードして文化祭を盛り上げたことも、模範的な生徒に変わったと担任教諭が驚いていたことも、音楽祭で表彰されたことも、部活動に復帰したことも聞いています。あなたが言ってくれた「ありがとうございます」との言葉は、本来私が言うべき言葉です。