教育支援員の備忘録

生徒主体の学校づくり

指導する際の言葉遣い

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人間が激怒する原因は何か。相手が自分の感情を逆撫でする様なことをしたのは事実として、その過ちがどの程度か、怒る程のことかを振り返る必要がある。「本当に怒っているのか。感情的ではないか。」

 

人間は、誰しも「自分は正しい。」という自分本位な偏見を持っている。この現状をどうするかよりも、「何故こうなったのか。」という犯人探しや、自分の正当性を主張する為にエネルギーを費やす。多忙になる程ゆとりを失い人間本来の心を見失いがちになる。「自分だけが」と言いようのない怒りになり、言葉にできず自分の屈折した感情を他人に叩き付ける。怒った方は忘れても、怒られた方はいつまでも忘れない。受けた心の傷は目に見えないがいつまでも記憶に残る。

 

学校には、生徒となるのに相応しい者が来る。教育行政の悩みは生徒たちに原因はない。親や学校が原因ということではなく、誰かが常に話しかけているかということである。子どもは話しかけられる事によって成長する。人にあったら「挨拶しなさい。」登校するとき「車に注意しなさい。」「女性や小さい子を守ってあげなさい。」と優しく話しかけることによって責任感が芽生える。脳科学的に言えば、ヒトには他者に心というものがあることを理解して自分の行動を決める能力が備わっており、その能力を引き出す外的働きかけを怠ると大脳皮質部でのシナプス形成が進まず、自閉症児と近い症状が起こり得るということである。

 

赤ん坊は視覚的共同注視(アイコンタクト)を経て他者の感情を理解し、自分の心の中で引き起こされている感情を理解し、それを音で表現することを覚えていく。ヒトが他者の心を理解しようとする能力を備えているということは、社会という実態は実は生きた人間が何らかのつながりを持って集まっている状態であって、組織や制度といったものは人間が生活していく上で不要となれば、いつでも変えることができるものであることの証明でもある。

 

「天は二物を与えず。」しかし、「一物は与えて」いる。誰でも平等に何らかの能力を与えられている。子どもたちが一日一日と成長する姿を共に喜び、失敗を共に克服する気持ちを共有し、子どもたちの能力を信じて気づかせてやれるのは我々大人である。仕事重視と家庭軽視というライフスタイルを変えることが、子どもたちが将来社会の一員となるために必要な資質・能力を培う上で最も効果的な方法論である。