教育支援員の備忘録

生徒主体の学校づくり

イラストの価値

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©️さとう七味

 

卒業後はデザインの領域で活躍したいと望む高校生たちに、どんなアドバイスが必要かと模索していたところである。相変わらず、大学は受験勉強の延長であって仕事に直結する知識は学べないとする意識が強い。しかも、「専門学校の方が、やりたい仕事に必要な知識を身につけられる。」と、SNSで身近な存在となっている「インフルエンサー」への憧れは、学習喚起意欲の低下に拍車をかけている。

 

しかし、デザイナーといっても、職域によってはインテリアの空間演出、インスタレーションのプログラム、地域活性化の複合コミュニティ、Google検索の分析検討など、問題解決の手法としての構造化のスキルが求められるものである。現にその職業についている方に話を聞かなければ、直接の仕事の中身は見えてこない。PowerPointの使い方をマスターしていても、プレゼンテーションの目的を理解していなければ意味がないということである。

 

リテラシー(応用力)の次は「レリバンス(関連性)」というカタカナ英語が出てきた。学んだ知識が日常生活に反映されなければ、将来それを活かして仕事をするイメージなど導き出されるはずはない。関連性がないのだから、受験勉強や指定校推薦の為の成績以外に目的意識を見出せるはずがない。「早く卒業したい。」と、学校生活は拘束時間の扱いである。

 

アメリカで始まったシンク・タンク(諸専門の融合)は、異なる専門家達の雑談の中から新たな発見・発明が生まれたという雑学的思考の事例である。国内では三菱UFJフィナンシャルや大和証券といった金融関係の研究機関の意味合いが強いので、自由討論を通じて相互理解を深める「ワールド・カフェ」や、ニューヨーク近代美術館で行われている「対話型鑑賞法」をイメージしていただきたい。

 

「一燈照隅」という仏教用語がある。一つ一つが隅を照らしていくとあまねく照らせるという意味である。一方向に向いて専門化するということは狭い範囲しか照らせないという意味にもなる。もう一つの例えとして、桃太郎は犬、猿、キジと非常に特色のあるメンバーとともに、所謂システム論で効率の良い組織体をつくり、それぞれが特色を十分に発揮しながら目的を達成してゆく。しかし、そのようにメンバー構成ができていても、何が多くの人を惹きつけるモチーフとなるかのイメージがなければ個性はマンネリ化しモチベーションも低下してしまう。

 

「溶融の原則」という自動制御装置の研究がある。水と油といった異質のものが混じり合い溶け合うにはどのような原理・原則が働くのか。これがわかると社会の諸々の現象にも応用できるらしい。作業の手順を細分化して専門化するのではなく、分担した結果いかに有効に機能するのかを検証しようとするものである。

 

話を転じる。

 

縁あって、イラストレーター・漫画家のさとう七味さんに、ブログのアイコンとバナー画像を制作していただいた。

 

 

構図や色味に記憶の追体験といった共感覚を覚える七味さんの作風に惹かれたわけであるが、気に掛かることが一つ。既成の作品を購入するのではなく、写真をイラスト化するのでもなく、ゼロベースから制作する想定画である。以前観た在宅ワーカーを紹介するTV番組では、依頼数を増やせないことからイラスト制作だけでは収入が足りず困っていると言っていた。制作にかかる労力や時間は私が提示した制作費の範囲内に収まるであろうか。

 

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©️さとう七味

 

著作権法2条1項1号では、「思想はまた感情を創作的に表現したもの」という定義づけがあり、データーベース媒体の「表や図」も小説など文字媒体の「挿絵」も同位の扱いである。いくらクオリティが高くても、そもそも制作者の思想や感情を表現する為のものではなく、文字や数字の羅列を一瞥してそれとわかるように視覚的に補完する為のものであるから、著作権法で保護される創作物に該当しない。イラストとはメディア素材の一部分であって、それ単体で創作物にはなり得ない。有名な美術作品であっても、広告の材料に使われるのであればイラストの扱いになる。イラストの価値は一次創作物の商業的価値に応じて配分される類のものである。

 

但し、アニメ化や映画化などを目的とするライトノベルの挿絵は、原著作物から派生した二次的著作物でもある。イラストの価値は現著作物を支える人気度という分母の大きさに比例し、クオリティに応じて商業的価値が付与される。著作権法や原著作物の範囲であったり、流行という不確定要素に影響される商業分野から「イラストの価値」そのものを図るには十分条件とは言えないが、想定画であろうと、レタリングであろうとアイコンであろうと、イラストの制作活動は「見る客体」が存在する社会的相互行為である。

 

社会的とは、人間が複数いる状態のことであり、相互とは、複数の人間の間で互いに働きかけるということである。ここにいう行為とは、相手に影響を与えることを意図して働きかけたり、相手の働きかけの内容に影響を受けて行為を返すという選択的活動のことである。相手がどのような反応をするかを予想し、相手の反応が自分にとっても好ましい結果となるように状況に応じて適切な行為をするには、互いに共有していなければならない認識や了解事項がある。

 

日常生活での対人関係は、お互いに本音を言ったり詮索することなく表面的にその場をやり過ごせばいいという付き合いである。その為のSNSのチャットやLINEに必要なスマートフォンは生活必需品で手放せなくなっている。生活空間から煩わしい人間関係を排除しようとする心性は、情報に接近する為の読み取る能力といった言語活動の範囲を狭めるだけでなく、他者からの刺激に無反応となる。そのような者が、周囲に関心を持って他者との相互行為の機会を増やし、より良い社会を築いていこうとするだろうか。

 

そもそも美術の専門家ではない私は「イメージを発想・構想する能力」も「イメージを視覚化する技術」も乏しい。それ故、①テーマやモチーフは制作者が決める。②依頼者は制作には一切口を出さない。③仕上がりは制作者の判断に委ねると、ほぼ丸投げである。相互行為というよりは「非常にめんどくさい」一方的な期待である。よく引き受けてもらえたものだと我ながら呆れる。

 

七味さんのポートフォリオから、小学校と保育園に「いのちの授業」の教材として複数の作品を寄贈させていただいた。小学校では「いのち」に対する自身の内面からの感情や思考を味わうことができるように、校長室前の静かな場所に掲示してもらった。保育園では見たいときに取り出してイメージを楽しんだり、ブックトークに使えるように絵本に加工している。

 

下記は教育委員会に宛てた文章である。

 

 

         「いのちの授業」想定画寄贈に関して

 

標記について、口頭でお伝えしたところではありますが、詳細についてご連絡致します。

 

1 立案の基礎

(1)小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編 第1章総説 「道徳教育においては、人間尊重の精神と生命に対する 畏敬の念を前提に、人が互いに尊重し協働して社会を形作っていく上で共通に求められるルールやマナーを学び、規範意識などを育むとともに、人としてよりよく生きる上で大切なものとは何か、自分はどのように生きるべきかなどについて、時には悩み、葛藤しつつ、考えを深め、自らの生き方を育んでいくことが求められる。」

(2)かながわ「いのちの授業」ハンドブック 「将来の、ともに生きる社会の担い手となる子どもたちに「あたたかい心」や「すべての人の命を大切にする心」を育むためには、「いのちの授業」の更なる推進に加え、家庭や地域において対話や体験を通じ、子どもたち一人ひとりに『いのち』について考えてもらう経験が必要です。」 

2 立案の趣旨

第1章総説 1改定の経緯「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」とあるように、イラストを鑑賞して自分が抱くイメージや自分なりの価値意識を持って言語化して児童同士で伝えあったりする経験ができる課題として教材化したものです。複数の視点で作品を味わえるだけでなく、自己の発言の重要性や責任に気づき、他者理解や教科への関心・意欲の高まりが期待できると考えます。また、テーマや多様な心情に目を向かせ、他者の意見を聞きながら自分の考えを整理し表現する力としてのコミュニケーション能力の向上も期待できると考えます。

3 掲示するイラスト

現代の児童たちに馴染み深いイラスト調で仕上げ、見えるものを手掛かりとして、児童たちの日常生活での雑多な体験とリンクして思考を組み立てていける作品を選んでいます。また、落下時の負傷防止策として、段ボール素材軽量額とアクリル板で額装しています。

                  (別添 「イラスト」「作家様紹介」を参照)

4 留意事項

当該活動は、児童が主体となり活動を活性化していく事が望まれるので、規律指導に関するものを除き自由な発想を制限せず、自分が納得できる何かを表現できる環境や集団の中にあっても自分の考えを信じる事ができる環境下での運用が望ましい。

                                     以上

 

また、コメダ珈琲さんの協力を得て店舗に展示していただいた。ここは新たにショッピングモールが開かれ、従来からある公団住宅を若い世帯向けに大改装した区画である。たまたま、ショッピングモールに隣接するサービス付き高齢者住宅で働く女性介護士の娘さんから手作りの刺繍をもらったことがきっかけであったが、「優しい気持ちになれる地域コミュニティづくり」のイメージとして、七味さんの作風がぴったりであるとの考えである。

 

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©️さとう七味 コメダ珈琲湘南辻堂店

 

七味さんはマンガも描かれている。どちらが本業という区別ではなく、いずれも言語活動の領域をイラストという視覚的なフィルターを通して表現する取り組みである。彼女のイラストでは「色」による心理描写や深層心理を探る試みがなされているが、マンガではグレイッシュトーン調で「静と動」の技法が用いられている。これについては彼女のオリジナル表現であるから詳しい言及は避けるが、強いて言えば時の流れを過去と切り捨てるか、それを美しいと感じるかという「侘び寂び」の精神でもある。

 

日本の伝統工芸品「用の美(用即美)」の関係から考察する。

 

伝統工芸品は日常の生活に用いる日用品であると同時に、目で楽しむ、使って楽しむ身近な美術品という一面もある。一見何の変哲もないその道具が何とも使いやすいとすれば、それはその道具をつくった職人が使う人の立場に立って工夫しているからに違いない。反対に、見た目の良さに魅かれて購入したものの、使ってみると勝手が悪く使いづらいもの、或いは飽きが来てしまうものなどは、使う人の立場にまで職人の想像力が及んでないことを物語っている。

 

学校教育に於いては、表現(制作)活動と鑑賞活動とがそれぞれ分離することなく一体化した授業の必要が提言されている。例えば美術科学習指導要領の「教科の目標」では、創作活動を通じてイメージを具体化していく探究心、思い描いたことを形にする創造力、どうしたらより良いものになるかと試行錯誤するプロセス、作品が仕上がった時の達成感を体験させるなどして、自分の人生を自分でクリエイトする能力の伸長を図ることが期待できるとする。また、美しいものや良いものを自分の基準で選べる価値意識や、優れたデザインを自分の目と心で確かめその価値を判断していく美的判断力を育て、自分の美意識を働かせて優れたデザインを選び生活に取り入れ、生涯にわたり心豊かな生活を営む感覚や態度を身に付けさせることが強く望まれるとしている。

 

先祖の形見を大事にしていると、その人たちの愛情が自分を守ってくれているように感じる時がある。過去を振り返らない、古いものは手放すという態度が、題名すら覚えていない読み捨てられたベストセラー本である。読み返したい心に残る一節、好きな音楽や風景の記憶、自慢するためではなく楽しむための趣味には人間味があり、それを視覚化して循環させることができるのがクリエーターの技である。

 

話を転じる。

 

SNSのハウツーブログではストックフォトサイトの著作権フリー素材が多用されている。印刷して額装でもしなければイラストは素材のままである。100均感覚で使い捨てのLINEスタンプとは異なり、大勢に継続的に利用されるものでもない。それならばIllustratorPhotoshopで制作するよりも水彩画や油絵の方が値段がつく。

 

個人サイトでもイラストのダウンロード販売は見かけない。掲示されているのは作者の自己紹介としてのポートフォリオである。いくらコピーライトを付けていようと加工して転用されるケースは後を絶たない。コピーガードのスクリプトを組み込んだり背景化していてもスクリーンショットで画像化されるだけである。インターネットで世界中と繋がる時代であるにも関わらず、イラストのダウンロード販売は難しいのか。だが、海外のハンドメイドサイトを見て驚いた。イラストを素材として扱うのではなく、ダウンロードして個人で鑑賞するアート作品として高額で販売されている。

 

ヨーロッパの観光地は言わずもがな、旅行をすれば誰もが感じる感覚。伝統、文化、風習に限らずアート作品は日常に溶け込んで存在し、その国や時代に生きた人々の美意識や創造的な精神などを直接感じ取ることができる。日々の生活の中で感情や価値観など目に見えないものを表現しようとする活動に親しみ、理解しようとする機会はあるだろうか。隣接する国に侵略される恐れのない島国である日本では馴染みの薄い、文化の継承と創造を味わうという感覚である。

 

コミックマーケット」という社会現象を引き起こし、その経済効果も大きい日本のアニメ文化であるが、内閣府のクールジャパン戦略とは逆行して海外向けプラットフォームの不備が問題となっている。国内のストックフォトサイトのインバウンドマーケティングに海外への情報発信力があるとは言い難い。例えば、Amazonで海外取引を行うには海外専用のサイトに登録しなければならない。しかし、ダウンロード販売が可能なイラストアートであれば、そのような複雑な手続きは無用である。外国語の問題はGoogle翻訳に頼れば良い。

 

フリーでイラストアートを生業とされている方々には、海外向けの制作活動をしてはいかがだろうか、と考えてしまう。